海口
海口中山路近くにある時計台
海口の慰安所には、朝鮮人朴来順さん、金玉珠さんも入れられていた。金玉珠さんは、「慰安所」から、時計台が見えたと証言している。
「慰安所」があった中山路
中山路にあった「慰安所」のひとついまは茶店になっている
黄礼分さん
「慰安所の名前は富乃屋。日本人が経営していた。 慰安婦の女性は十数人いた。30過ぎくらいの人が多かったように思う。
わたしは、1941〜1942年の2年間、氷菓子を売る店で働いていた。その店の主人が富乃屋を経営していた。 主人は慰安所にいつもいたので、そこに氷菓子を売ったお金を持っていった」。
黄礼分さん(1922年生)
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